「real-estate SK」を運営しているSKです。
世の中の不動産投資ブログを見渡すと、「有名大学を出て一部上場企業で高年収」「最初から数千万円の融資を引いて一気にメガ大家」といった華々しいストーリーが目立ちます。
しかし、私の歩んできた道はその真逆です。
専門学校を中退後、手取り11万円で生活インフラが止まるような極貧生活を経験し、2009年に自営業として独立。1日300件のテレアポをこなしながら、いつ途切れるか分からない売上に胃を痛める日々を11年間続けました。
そんな私が、なぜ40代になって「会社員の扉」を再び叩き、無借金で区分マンションを買い増し、「会社員 + 自営業 + 大家(5区分所有)」という3層の収入構造を築くに至ったのか?
今回は、私のこれまでの泥臭い軌跡と、なぜ「毎月のインカムゲイン(家賃収入)」にこだわって資産形成を進めているのか、そのすべてをお話しします。
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1. 手取り11万円、ライフラインが止まる日々(独立前)
私は就職氷河期世代です。専門学校を中退し、社会のルールもろくに理解しておらず、アパレルや職人、日雇いなど様々な仕事を転々としていました。
若さゆえの無知もあり、自ら泥沼に飛び込むような選択ばかりを繰り返した結果、当時の手取りはわずか11万円程度。
それにもかかわらず、家賃5万円に駐車場代9,000円を払っており、お金が残るはずもありませんでした。
- 電気やガスが止められるのは日常茶飯事
- まともな社会人経験がないまま就職したため、営業成績もどん底
- 会社で過ごす時間のすべてが苦痛
「自分は社会の役に立てていないのではないか」という無力感と焦燥感に押しつぶされそうな20代を過ごしました。
「このまま会社にいても未来はない。それなら自分の力で勝負するしかない」――そう思い詰め、2009年に自営業として独立を決意したのです。
2. 1日300件のテレアポ、精神のどん底を這いつくばった11年
しかし、独立したからといって現実が甘くなるわけではありませんでした。待っていたのは、会社員時代以上の厳しい試練です。
独立当初は、毎日1人で300件の電話営業(テレアポ)をひたすら回しました。
受話器の向こうから浴びせられる言葉のほとんどは門前払い。「必要ない」「二度とかけてくるな」と断られ続ける日々の中で、精神はどん底を這いつくばっていました。
お金も回らず深夜のガソリンスタンドスタッフとしてバイトも始めるが、そこでは10代の若者にコケにされる扱いを受けるなど、私のプライドはズタボロでした。
それでも地道に足を運び、少しずつお客様が増えていきました。
しかし、ようやく軌道に乗りかけたと思えば、取引先の都合による突然の契約解除や、同業他社からの激しい営業攻勢による仕事の奪い合いなど、予期せぬトラブルが次々と襲いかかります。
「毎月迫り来る支払い」と「来月の売上が見えない恐怖」。
資金繰りの不安で夜も眠れない日々が続きました。
なぜ、廃業せずに食らいつけたのか?
「ここで廃業したら、本当に後がない」
「周りの友人や知人に、口先だけで終わったと笑われたくない」
正直、見栄や執念だったのかもしれません。しかし、しぶとく現場に食らいつき、さまざまな人と出会う中で、新しい仕事のヒントや収入のアイデアを貪欲に吸収していきました。
その中で出会い、本気で取り組み始めたのが「アフィリエイト(Webビジネス)」でした。
泥臭い営業で培った「人の心理を読む力」と「諦めない継続力」をWebに注ぎ込んだこの経験が、自営業の大きな収益源となり、後の資産形成へとつながる強力なキャッシュを生み出す原動力となったのです。
3. 「子どもの誕生」と「AIの台頭」――訪れた最大の転機
自営業とWebビジネスで11年間を生き抜き、手元には「何かの時のために」と泥臭く貯めてきたキャッシュが残るようになりました。
そんな中、私に人生最大の転機が訪れます。
40代にして、待望の息子が誕生したのです。
我が子を腕に抱いたときの喜びと同時に、強烈な責任感が胸を締め付けました。「この子を何があっても育て上げなければならない」。
しかし、まさにそのタイミングで世界に吹き荒れたのが「生成AIの急速な台頭」でした。
これまで自分が心血を注いできた仕事やWebビジネスが、一瞬でAIに奪われてしまうのではないかという強烈な焦燥感と恐怖に襲われ、精神的に深く落ち込みました。
幸田露伴の『努力論』を胸に、会社員の扉を叩く
暗闇の中で立ち止まっていた時、私の背中を押してくれたのが幸田露伴の『努力論』でした。
「今の自分のプライドにしがみついていては駄目だ。成功している本物の企業に飛び込み、ゼロから勉強させてもらおう」
私はそれまでの自営のやり方やアフィリエイトへの過信を一度すべて投げうち、生活の絶対的な安定を求めて、再び「会社員」として働く扉を開く決意をしたのです。
4. なぜ「ワンルームマンションの現金購入」だったのか?
実は、会社員に戻る少し前の2020年から、私は密かに「中古ワンルームマンション投資」をスタートさせていました。会社員になる時点で、すでに3戸の区分マンションを所有していたのです。
不動産投資には大きく分けて2つの稼ぎ方があります。
- キャピタルゲイン: 物件を安く買い、値上がりしたタイミングで売却して差額を狙う
- インカムゲイン: 入居者からの家賃収入を毎月コツコツ受け取る
自営業の激しい浮き沈みと、売上がゼロになる恐怖を11年間骨の髄まで味わってきた私にとって、値上がりするか分からない不確実なキャピタルゲインは魅力的に思えませんでした。
「毎月1万円でもいい。自分の労働とは無関係に、確実に口座へ振り込まれるインカムゲイン(家賃収入)が欲しい」
手元の生活防衛資金を絶対に枯渇させない範囲で、ローンを組まず「現金購入(無借金)」で1戸ずつ買い進めました。借金がなければ、金利上昇に怯えることも、返済不能で破綻することもありません。
5. 「会社員 + 自営業 + 大家」という最強の防衛体制
会社員として入社した際、社長が寛大にも「今までやってきた自営業のお客さんもいるだろうから、副業として続けていいよ」と背中を押してくれました。
無理な新規開拓(攻めの営業)をしなくても、11年間誠実に付き合ってきた既存のお客様が継続して仕事をくださったため、自営業の収入も残りました。
ここに、私の現在の「3層構造」が完成したのです。
- 会社員の給与: 毎月確実に生活と社会保険を支える「最強の安定装置」
- 自営業の収入: 自分の強みを活かして無理なく稼ぐ「余力資金」
- 大家の家賃収入: 労働から切り離された「毎月の堅実なキャッシュフロー」
会社員としての確固たる安定基盤ができたことで、焦りや不安から完全に解放されました。給与と事業収入から浮いた資金を淡々とプールし、会社員になった後も手元資金で不動産を積み増し続け、現在では5区分の投資マンションを無借金で運用しています。
まとめ:私が目指す「自由」の定義
私が目指しているのは、世間で持て囃される「仕事を辞めて贅沢三昧するFIRE」ではありません。
「いつでも自分の意志で自由を選択できる状況をつくること」
これこそが、私が求めていた本当の自由です。
- 会社が嫌なら、いつでも辞められる経済的バックボーンがある
- だからこそ、会社に媚びることなく、精神的余裕を持って会社の業務に打ち込める
- 子どもの教育費や家族の将来に対して、過剰な不安を抱かずに済む
泥沼の極貧時代を経験し、自営業の荒波に揉まれてきた私だからこそ断言できます。
40代・50代からでも、堅実な手順を踏んで積み上げれば、精神的・経済的な安定は必ず手に入ります。
このサイトでは、私が5戸のワンルームを現金購入する過程で学んだ「物件選びのリアル」「手元現金の残し方」「修繕や管理の現場」を、誇張することなくありのままに発信していきます。
私の経験が、同じように将来への不安や家族への想いを抱える方の道標になれば幸いです。